脊髄損傷者では体温調節ができずに体調を崩してしまう場合があります。それは体温の調節を司っている自律神経が障害される影響です。
これを一般的に体温調節障害と呼びます。
体温機能障害は損傷レベルから下で発汗など体温を下げる機能が低下したり、頸髄損傷では全身の自律神経機能が低下するために起こりやすい合併症の一つです。
研究調査によると暑さ寒さを苦手と感じている脊髄損傷者は非常に多く、体調が悪くなってから症状に気づく場合がほとんどだったとされています。さらには体温調節が上手くいかないため外出を控えている方も多いと報告されています。
熱い環境では「熱がこもる」と言った表現を使うことが多く、こもった熱(うつ熱)を対処しなければ「熱痙攣」「熱失神」と呼ばれる症状が現れることもあります。
さらに寒い環境に長時間いると健常者よりも体温の低下が早く、35℃で意識消失、34℃精神錯乱などの症状に落ちる可能性もあるのです。
そこで、今回は「なぜ脊髄損傷で体温調節が障害され、熱がこもったりするのか」、そして「体温調節の方法」についてお伝えしていきます。
そもそも脊髄損傷とは何か知りたい方はこちらから
脊髄損傷とは?わかりやすく説明します
目次
・体温の基礎知識と仕組み
・暑さと寒さを感じた時のメカニズム
・脊髄損傷になると体温調節が苦手な理由
・脊髄損傷者ができる体温調節の方法と注意点
・まとめ
この記事は、理学療法士やアスレチックトレーナーとして脊髄損傷のリハビリ、トレーニング経験を多く持つ、障害者専門のパーソナルトレーナーが書いています。
体温の基礎知識と仕組み
体温には「中枢温」と「体温」の2種類があります。
中枢温は体の内部の温度を示し、一般的な脇の下などで測る温度を体温と呼びます。
「中枢温」は脳にある視床下部(ししょうかぶ)と呼ばれる部分でコントロールされ、体温をモニターし自律神経を通して調節を行います。
この中枢温は生命の維持に必要な全身の臓器の温度を示し、37±0.2℃とかなり狭い範囲で一定に保たれています。
一方、「体温」は暑い時には汗をかき体温を下げ、寒い時には筋肉を震わせたりして調節されます。
これらのように体温調節は自立神経の働きによって自動的に行われ、一定の温度を保つように調整されているのです。
自律性体温調節
人が無意識に行なっている体温調節の方法で暑さ、寒さを感じたら自律神経が作用し体温の調節を行なってくれる機能です。
行動性の体温調節
暑い、寒いと感じたら意識的にエアコンをつけたり、衣服で調節したりと環境に合わせて体温の調節を行う働きです。
脊髄損傷では環境の温度変化によって深部体温が変動することが知られており、暑さ寒さによって深部体温が健常者と比べて上下しやすく、特に頸髄損傷では自律性体温調節と行動性体温調節どちらも制限される事が多いです。
暑さと寒さを感じた時のメカニズム
図は暑さと寒さを感じた時に体の中ではどんな反応が起こっているのかを詳しく解説した図です。
左図が暑さを感じた時の生体反応を示しています。
- 皮膚が外気温などで加熱されると、その信号が脊髄を通して脳に伝わます。
- 脳の視床下部から体温を下げるための命令が自律神経を通して各組織に伝わります。
- そして皮膚の血管を広げ、汗をかく事で熱の放散を行い体温を下げます。
右図が寒さを感じた時の生体反応を示しています。
- 皮膚が外気温などで冷やされると、その信号が脊髄を通して脳に伝わます。
- 脳の視床下部から体温を上げるための命令が自律神経を通して各組織に伝わります。
- 皮膚の血管を縮める事で熱の放散を抑えたり、筋肉を振るわせて熱を作り出し体温を上げます。
このように通常、人の体は外界の温度や深部温度の変化に応じて自動的に温度の調節を行なっているのです。
脊髄損傷になると体温調節が苦手な理由
これまでは通常の体温の調節メカニズムについてお伝えしてきました。
ここからは脊髄損傷ではどんな事が原因で体温の調節が難しくなるのかをお伝えしていきます。
- 発汗障害
(汗がかけないこと。27%が汗による熱の放散によって行われている) - 皮膚血流調節障害
(皮膚周囲の温度を調節できない) - 立毛筋運動障害
(皮膚の毛が逆立つことで、外気に直接熱が奪われるのを緩和する効果がある) - 行動性の体温調節
(衣服の脱ぎ着、空調調節)
この中でも特に「発汗障害」と「皮膚血流調節障害」が脊髄損傷者が体温調節を苦手としている要因になります。
脊髄損傷での体温調節が難しくなる原因は自律神経がダメージを受けることで「自律性体温調節」が行えないことにあります。
通常では温度変化を感じたら脳にある視床下部から体温を調節するメッセージが自律神経を通して伝達され、血管を広げたり、汗をかいて体温を下げようとします。
一方、脊髄損傷では暑い、冷たいと感じる感覚神経が損傷している事や自律神経の働きが弱っている事で、自律性体温調節が行えない状態になっています。
その為、暑いときは熱がこもりやすく、寒い時は熱が逃げるのを防ぐことができないのです。
また、人は24時間の体温変動(概日リズム)によっても体温調節をしています。
しかし、頸髄損傷の場合ではこの体温変動が著しく不規則で、特に暑さに対しては深部体温を著しく上昇させることもわかっています。
全ての脊髄損傷者で汗が出ない訳ではなく、私の経験では頸髄損傷者でも汗をかける方もいますし、片方の足だけ、手だけなど限定的に汗をかける方もいます。おそらくこれは神経のダメージ具合によるものだと思われます。また、トレーニングを通じて徐々に汗がかけるようになってくる方もいらっしゃいます。
ここまでで、脊髄損傷になると体温の調節がなぜ難しくなるのかをお伝えしてきました。
ここからは難しい体温調節の対策方法についてお話ししていきます。
脊髄損傷者ができる体温調節の方法と注意点
体温の調節方法は大きく分けて「身体の外部」から調節する方法と「身体の内部」から調節する方法がありあります。
それぞれの方法をお伝えしていきます。
体外冷却
方法 ①
- 浸水方:バケツなどに水を貯めて身体を浸水させて冷却する方法。
- メリット:研究によると水は熱の放散が空気と比べ27倍も大きく有効性が示されている。
- デメリット:筋肉も冷えるため、筋活動パフォーマンスが低下しやすいです。パラアスリートが試合中のハーフタイムなどでこの方法をする場合は注意が必要。
方法 ②
- 霧吹きと風を使う:水を入れた霧吹きを頭や顔に噴射し風を当てる方法。
- メリット:筋肉の冷えを防げる為、筋活動パフォーマンスが低下しにくい。
- デメリット:浸水による冷却よりも範囲が狭い為、冷却効果が劣る。
頸髄損傷者では夏は常に携帯してる方も多いですよね。
研究によると霧吹きのみではあまり効果がなく、霧吹きと「風」が必要だとされています。
最近では扇風機が一体化した霧吹きが販売されているため、通常の霧吹きよりも冷却効果が期待できます。
方法 ③
- アイスタオル:冷やしたタオルを首や手首に巻く方法。
- メリット:冷却範囲は狭いが筋肉の冷えを防げる為、筋活動パフォーマンスが低下しにくい。
- デメリット:冷やしておく準備が必要でしばらく身体に当てていると温まって効果が薄れてくる。
体内冷却
方法 ①
- 冷やした飲料水を飲む
- メリット:体外冷却よりも簡単で、筋肉を冷やさないため筋活動の低下を防ぐ事ができる。
- デメリット:急激に冷たい物を飲む事で胃腸への不快感や排尿への影響などが懸念させる場合がある。また、大量に摂取すれば膀胱を圧迫し自律神経過反射を招く可能性もある。
身体を温める方法は基本的に健常者と変わりありません、空調をつけたり、衣服を着込んだりといった方法です。
屋外で麻痺部が露出している場合、車椅子を漕ぐ事で麻痺部が風にさらされ体温が奪われていきます。そのため、なるべく肌を露出させない工夫などが必要になります。
また頸髄損傷では自分で空調を調節したり、衣服を着る事ができない場合もあるため、ご家族や介護をされる方は寒さに弱い事を知っておく必要もあります。
その他にも体温が下がる事で菌に感染しやすいという問題があります。通常では病原菌が生息できない温度まで体温を上昇させて増殖を抑えるのですが、脊髄損傷では体温調節が障害され、菌が増殖しやすい事で風邪を引きやすかったり、病気にかかりやすい傾向にあります。
注意点:ストーブやコタツでの熱傷やホッカイロによる低温やけどは非常に多いため注意が必要です。
まとめ
脊髄損傷者では温度を感じる感覚神経や自律神経が障害される事で外気温に合わせて体内の温度を調節する事ができなくなってしまいます。
その対策として今回いくつかの方法をご紹介しました。
その中で暑さ対策として最も効果的とされている方法は冷たい飲料水とアイスタオルを併用する方法です。
体内に熱がこもると「うつ熱」と呼ばれる症状が現れることもあり、対処しなければ意識消失の可能性もあります。
脊髄損傷になったら、運動や感覚神経以外にもこのような身体の生命活動を自動的に調節している自律神経も障害される事を理解しておき、いざという時に対策できるようにしておきましょう。
最後に脊髄損傷者は気温変化に対して自動的に体温を調節する事が難しい事をご家族や周りの人達にご理解いただけたら幸いです。
参考文献
- 脊髄損傷者の体温上昇抑制に有効な身体冷却法の検討,内藤 貴司,体育学研究
- 頸髄損傷者の温熱環境に対する意識・実態調査,三上 功生,日生気誌,42(2):97-107,2005