脊髄損傷、特に頸髄損傷者では起き上がった時や座った時に、「なんだかクラクラする」「目がチカチカする」「耳が聞こえずらくなる」「目の前が真っ白になる」などの現象が起こったことはないでしょうか。
それが、起立性低血圧と言われる症状です。
今回は脊髄損傷者の合併症で多い起立性低血圧のメカニズムや対処方法についてお伝えしたいと思います。
そもそも脊髄損傷とは何か知りたい方はこちら
脊髄損傷とは?わかりやすく説明します
目次
・脊髄損傷の合併症、起立性低血圧とは
・脊髄損傷ではなぜ、血圧が低下しやすいのか
・頸髄損傷で起立性低血圧が多い理由
・起立性低血圧の対処方法とトレーニング
この記事は、理学療法士やアスレチックトレーナーとして脊髄損傷のリハビリ、トレーニング経験を多く持つ、障害者専門のパーソナルトレーナーが書いています。
脊髄損傷の合併症、起立性低血圧とは
起立性低血圧とは、寝た状態から起き上がると頭の血液が重力によって、お腹や足の方へ降りる事で一時的に脳の血液が不足し、めまいやフラフラする現象が起こることを言います。
定義は、20mmHgを上回る収縮期血圧の低下、10mmHgを上回る拡張期血圧の低下、またはその両方とされています。
健常者でも馴染み深いもので言えば「立ちくらみ」の症状にあたります。
立ちくらみは脊髄損傷者に限らず、健常者でも起こりますよね。いわゆるこの「立ちくらみ」のことを起立性低血圧と呼んでいるのです。
このように起立性低血圧とは起き上がる、立ち上がる事で、血液が体の下に移動するため、脳の血液が一時的に不足してしまう状態を示します。
脊髄損傷ではなぜ、血圧が低下しやすいのか
なぜ脊髄損傷で血圧が低下しやすいのかというと、それは自律神経が関係しているのです。
ここから自律神経の働きについて少しお話ししていきます。
自律神経には交感神経と副交感神経があります。
- 交感神経は血圧を上げたり心拍数を増加させたりする働きを持っており、主に体を興奮させるときに交感神経が活動します。
- 副交感神経は逆にリラックスした時に心拍数を下げたりする働きを持っています。
脊髄損傷になるとこの血圧の調節を司っている、特に血圧を上げる神経(交感神経)がダメージを受けるため、下がった血圧をあげる事が難しくなっているのです。
*なぜ交感神経が関係してくるのかは後ほど詳しく説明します。
例えば起き上がったり、立ち上がると頭の血液が急激に体幹や下半身の方に流れますが、下がった血液を戻さないと脳の血液が足りなくなって、失神する時もあります。
そのため、首の周囲にある血圧の変化を感知する器官(圧受容器)が働いて速やかに血圧を上げるように体に働きかけます。
圧受容器とは、いわば血圧の舵取りを行なっている部分で血圧が下がった時に交感神経を興奮させて血圧を元に戻す舵を取ります。
しかし、脊髄損傷では交感神経がダメージを受けたことによって、下がった血圧を上げることができず、めまいや耳鳴りなどの危険信号が現れてしまいます。
頸髄損傷で起立性低血圧が多い理由
脊髄損傷でも血圧が下がりやすい人と下がりにくい人がいます。
ここからその理由についてご説明していきます。
先ほど説明した自律神経(交感神経)が大きく関係しています。
まずはこちらの図を見てください。
これは交感神経と副交感神経の経路を示した図です。
出典「 在宅生活ハンドブックNo.25」 自律神経過反射の対処法
図の黒い線が交感神経を示しています。
交感神経は主に胸、腰から神経を伸ばして全身の内臓や血管、皮膚などを支配し、主に第5、6番の胸髄と第2腰髄から出ています。
一方で副交感神経は赤い線で示されており、頭、お尻から伸びているのがわかると思います。
この図から頸髄損傷では、交感神経はダメージを受け、副交感神経(赤線で書かれてる神経)はダメージを逃れることになるため、交感神経の働きが弱り、副交感神経が優位になりやすいという特徴があります。
その結果、交感神経がコントロールしている内臓や血管の働きが弱るため、血圧を上げ難い状態になっているのです。
これが頸髄損傷者で低血圧が多い理由の一つです。
その他にもお腹と下半身の貯まった血液を腹圧や足の筋ポンプを使って戻す事ができない事が頸髄損傷者が低血圧な理由です。
起立性低血圧の対処方法とトレーニング
脊髄損傷によってダメージを受けた交感神経の代わりに血管を締め付けてあげる事で一時的に対処することができます。
我々が立つ、歩くトレーニングの際に血圧が低下しないよう使っているアイテムが、「お腹に巻くベルト」です。
*画像参照
サンポー 巾広マジックベルトR ロイヤルブルー 中(10x120cm)(SM-258B)
立ち上がると頭の血液が腹部や足の方へ一気に流れますが、交感神経が働かないため、そこに貯まったまま上に戻ってきてくれません。そこで、お腹にベルトを巻く事で腹圧負荷を上げ、重力による血液移動を少なくする事ができます。
低血圧によって立つたびにフラフラしたり、めまいがするとトレーニングに集中できない為、応急処置としてこの腹部のベルトを使ってトレーニングしています。
ベルト以外にも手でお腹を押してあげることで、下がった血圧を戻すことができます。
起立性低血圧を少なくするには、重力で下がってきた血圧を再び脳へ送り返す必要があります。
その方法は大きく分けて2つあります。
- 腹部のベルトの代わりを自分の腹圧で行う
- 足の筋肉によるポンプ作用を使ってあげる
この2つをトレーニングによって鍛える事で低血圧症状を少なくすることができます。
- 風船を使った呼吸トレーニング
腹圧をあげるには風船を使った呼吸トレーニングが効果的です。初めは膨らませることが難しいかもしれませんが、横隔膜は頸髄損傷者でも麻痺を免れている場合が多いので、十分に鍛えれる余地があります。 - EMS(電気刺激)や痙性(ケイセイ)を利用したトレーニング
足の筋肉のポンプを鍛えるにはEMS(SIXPADのような電気刺激)や痙性を利用したトレーニングが効果的です。
足のトレーニングはなかなか一人では難しい場合が多いと思います。そこで、電気による刺激で筋肉を鍛えてあげてください。
また、痙性を使ったトレーニングは我々専門家がお手伝いさせていただきます。
まとめ
今回は脊髄損傷で起こりやすい、起立性低血圧についてそのメカニズムと対処方法についてお伝えしました。起立性低血圧はそのまま放っておくと、脳に血が回らず意識を失ってしまう場合もあり、危険な合併症です。
血圧が下がった時の対処方法として、前に屈む、お腹を押す、横になる、頭を低くするなどの対処方法もあります。
フラフラする、めまいがするなどの自覚症状があるうちに対処しておきましょう。また、いざという時に対処できるように対処方法を学んで練習しておくのも手ですね。
私はこんな方法で低血圧を対処しているよ!とオススメの方法がある方はぜひお知らせください。
参考文献
- 在宅生活ハンドブックNo 25 自律神経過反射の対処法 別府重度障害者センター 看護部門 2015
- 頚髄損傷者の起立性低血圧に対する腹部圧迫帯の効果 Vol.33 Suppl. No.2 (第41回日本理学療法学術大会 抄録集)