脊髄損傷の中でも、特に頸髄損傷者では「咳やくしゃみが大きくできない」「息が長く続かない」「大きな声が出せない」などの経験をされている方は多いと思います。

その原因は主に損傷による呼吸筋の麻痺によるもので、肺炎や呼吸器疾患を併発しやすい事が問題とされています。

そこで、当記事では「頸髄損傷者の肺活量変化」「肺活量を低下させている原因」についてお伝えします。

目次

  • 頸髄損傷者による呼吸筋麻痺
  • 頸髄損傷者の肺活量変化
    −研究データー紹介
  • 肺活量の違いと喫煙による影響
    −健常者と頸髄損傷者の肺活量
    −非喫煙者と喫煙者
    −肺活量を低下させている生活の癖
  • 呼吸を楽にする肺炎予防のポイント
    −空気を吸う量が増えれば肺活量は上がる
    −実は少ない呼吸トレーニング実施率

この記事は、理学療法士やアスレチックトレーナーとして障害者、車椅子ユーザーのリハビリ、トレーニング経験を多く持つ、障害者専門のパーソナルトレーナーが書いています。

頸髄損傷者による呼吸筋麻痺

*C=Cervical(頸部)

  • C1-3損傷
    ほとんどの呼吸筋が麻痺し重度の場合、人工呼吸器を使う必要がある。
  • C4損傷
    横隔膜はC3-5の神経が支配しており、C3部分が機能している為、自発呼吸が可能。
  • C5損傷
    C3-4の横隔膜が機能している為、C4損傷より強い呼吸が可能だが、咳や排痰が弱く肺炎の可能性は高い。
  • C6-8損傷
    横隔膜は完全に機能し、胸の筋肉が呼吸を助ける働きをする為、肺活量が増加する。

このように、脊髄は損傷箇所が一つ違うだけで呼吸機能に大きな差が生まれてくる特徴があります。

頸髄損傷者の肺活量変化

今回、参考にしたのは「頚髄損傷患者における受傷から一年間の肺活量の推移」という文献です。
では、研究内容を見ていきましょう。

 

研究データーと肺活量の推移

【対象者】

  • 脊髄損傷データベースシステムに登録された完全麻痺の頚損傷患者201名
  • 男性:175名、女性:26名
  • 年齢:58±19歳
  • 損傷部位を「C1−3」、「C4」、「C5」、「C6-8」に分類して調査

【期間】

  • 受傷後3日~12ヶ月で肺活量を測定

【結果】

出典:頚髄損傷患者における受傷から1年間の肺活量推移

図は縦軸が肺活量、横軸が受傷経過日数で見た一年間の肺活量推移を示したものです。

  • C1−3(赤)
    受傷時と一年後の肺活量が約500mlで変化がないことが特徴的です。
    頸髄の高位損傷の場合、呼吸に関わるほとんどの筋が麻痺の影響を受ける為、このような結果に至ったと考えられます。
  • C4(黄)
    受傷時の肺活量は約1000mlで、一年後は約1700mlまで回復しています。
    横隔膜の一部が若干機能し、さらに呼吸に関与する肩や首の筋肉の一部が機能する為と考えられます。
  • C5 (緑)
    受傷時の肺活量は約1000mlで、一年後は約2100mlまで回復しています。
    頸部や肩の呼吸筋に加え横隔膜の一部(C3.4)の機能が使えるようになった為、C4損傷に比べ肺活量が増加しているものと考えられます。
  • C6-8(青)
    受傷時の肺活量は約1200mlで、一年後は約2300mlまで回復しています。
    受傷時から肺活量が高く、一年後の肺活量でも最も肺活量が多くなっています。これは横隔膜が麻痺から逃れ、大胸筋など大きな筋肉も呼吸に関与することができるようになった結果であると考えられます。

全体的に頸髄の下位損傷になるにつれ、呼吸筋が機能し肺活量の向上が見られる結果となっています。

 

では、次にこの調査結果を踏まえた上で重要な事は、「頸髄損傷者と健常者の肺活量はどれくらい差があるのか」という事です。
ここからは「健常者との差」や「生活習慣による影響」などについてお伝えしていきます。

*今回は完全損傷者での研究になります。不完全損傷では違った結果となりますので、同一ではありません。

 

肺活量の違いと喫煙・姿勢による影響

 健常者と頸髄損傷者の肺活量

図は健常者の平均肺活量と今回の研究データーから得られた頸髄損傷者の肺活量になります。

健常者の標準的な肺活量は、「男性で4000mL-4500mL」「女性で3000-4000mL」とされ、明らかに頸髄損傷者では肺活量が劣っていることがわかります。

C1−3損傷の肺活量は約500mlで健常者の「約1/9」、C6-8損傷では横隔膜が正常に機能しているにもかかわらず、健常者の「約1/2」まで低下してしまっている事になります。

頸髄損傷者では全ての損傷部位で肺活量が低下しており、健常者と比べた場合、その差は半分以下まで低下してしまう為、肺炎や誤嚥による呼吸器疾患を合併しやすい事がわかります。

 

非喫煙者と喫煙者


出典:専門医が教える検査値異常の判断法

図は非喫煙者(a)、喫煙初期者(b)、喫煙者(c)の「息を吐く勢い」と「肺活量」の推移を示したものになります。

喫煙歴が長い(c)ほど息を強く吐くことができず、肺活量がガクンと低下しています。

この結果から「頸髄損傷による肺活量の低下」に「喫煙による肺自体の機能低下」が加わることで、非喫煙者に比べ喫煙者は誤嚥や肺炎につながる可能性が高くなることが懸念されます。

 

ここまで、研究データを用いながら頸髄損傷後の肺活量推移と健常者と比べ明らかに肺活量が低下している事実をお伝えしてきました。

では、次に呼吸筋の麻痺以外に肺活量に影響を与えているる要因について考えていきます。

 

肺活量を低下させる生活の癖

肺活量を増やすには息を吐く前に多くの空気を吸い込む必要がありあます。
その為には胸や肺を広げ空気が入るスペースを作る必要がありますが、生活の中でそのスペースを小さくしている原因があります。

  • 頸部や肩の筋緊張
  • 胸や肋骨周囲の柔軟性低下
  • 猫背による横隔膜の圧迫

車いす生活では猫背などの不良姿勢によって、体幹が潰れる事で横隔膜の働きが低下したり、呼吸を補助する首、胸の筋が柔軟性を失う結果、肺の広がりを阻害し肺活量の低下につながる事があるのです。

これらの影響は頸髄損傷者のみならず、胸髄損傷者でも十分に起こりうる事ですので、次にお伝えするポイントを意識した生活やトレーニングを行なってください。

 

呼吸を楽にする肺炎予防のポイント

呼吸運動ではまず、呼吸を阻害いている首や胸まわりの筋肉を緩め、たくさん息を吸えるようにします、この準備ができたら次に吐く強さを鍛えていきましょう。
今回は、息を大きく吸えるようにする為の運動を紹介します。

 

空気を吸う量が増えれば肺活量は上がる
  • 姿勢の改善
  • 首・肩周りの緊張を和らげる
  • 胸・肋骨周りの柔軟性UP

息を吸う運動では「力強く吸えばいい」というわけではなく、肺に空気が入り大きく広がる事が重要です。
その為には肺の広がりを阻害している、「猫背などの不良姿勢を改善し、横隔膜の動きを正常化する」「肋骨や胸の筋肉を緩める」必要があります。

ですので、呼吸トレーニングを行う前にまずはこれらの改善から取り組み、続いて勢いよく吐く練習をすることで、効率的に肺活量を増やすこ事ができます。

 

詳しい姿勢改善トレーニングの方法はこちらの記事をご覧ください。

車いす生活によるストレートネックをストレッチで解決

 

実は少ない呼吸トレーニング実施率

私が今回の研究で最も重要だと感じたポイントは、呼吸器の合併症による死亡リスクが高いにもかかわらず、「呼吸トレーニングがわずか15.4%しか実施されていなかった」という報告です。

文献中にも呼吸筋強化の意識を高める必要性があると述べられていますが、急性期から回復期のリハビリ中にADL(日常生活動作)や立位、歩行などの基本動作に加え呼吸トレーニングを積極的に実施すべきだと私も思います。
なぜなら、咳やくしゃみが大きくできる事は、異物が肺へ進入する事を防ぎ肺炎を予防する最も有効な手段になるからです。
そして、退院後の慢性期でも継続して上記の呼吸を楽にするポイントを抑えて取り組む必要があります。

 

まとめ

頸髄損傷者の肺活量を低下させている原因

  • 脊髄損傷による呼吸筋麻痺の影響
  • 喫煙などによる肺自体の機能低下
  • 麻痺以外の姿勢や筋緊張の問題
  • 呼吸トレーニングの実施率はわずか15.4%

これらの影響から肺活量は健常者と比較して半分以下まで低下するし、肺炎や誤嚥などのリスクを高くしていると言えます。

呼吸器系の合併症が多い頸髄損傷者にとって肺活量を改善させる優先度は非常に高く、生活や生命にまで直結する為、「肺活量を低下させている原因」を普段から意識して生活してみてください。

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