【ニュースの真相】埋め込み式装置で脊髄損傷者の歩行機能が回復した!?

皆さんこんにちは。
今回のユニバーサルトレーニングセンター(Universal Training Center)の記事は
10月の終わりに話題になったあるニュースに関してです。

皆さん、このニュースはご覧になりましたでしょうか?

脊髄損傷で下半身に麻痺がある患者が
埋め込み式電気装置で歩行出来るようになった!

というニュースです。

脊髄損傷者の方々、そしてそれを取り巻く関係者には驚くべきニュースだったのではないでしょうか!?
各メディアでも取り上げられましたし、イギリスの公共放送BBCのニュースでも取り上げられました。

正直私もこのニュースを見たときは、衝撃を受けました!

この手のニュースでは実際の映像が載せられていないことも多いのですが、
今回のBBCニュースページでは、実際に歩行している映像を見る事も出来たので、
非常に感激し、是非とも基となっている論文を読んでみたいと思いました。

ニュースの基になった論文を探してじっくり読んでみたのですが、
その感想を率直にいうと残念。といった印象でした。

大手メディアであったとしても、しっかり中身をみないと分からない真実もある。という印象ですね。

そこで今回の記事ではこの「脊髄損傷者が埋め込み式電気刺激で歩けるようになった」というニュース、
そしてこの基になった論文のご紹介したいと思います。

脊髄損傷者が歩行可能に!?

今回のニュースでは

脊髄損傷を受けた患者は全員、治療が進むにつれ普通の歩行補助器、または電気刺激を与える機能の付いた歩行補助器を使って独立して歩くことが可能になった。また、電気刺激を与えなくても麻痺していた脚の筋肉を動かせるようになった。

と伝えられていました。

実はこのような埋め込み式の電気装置は数年前からアメリカなどでも研究がされています。

こちらがその映像になります。

 

実際見ていただくと電気がオンになっている状態の時に
下肢の曲げ伸ばしが出来るようになっています。

この手埋め込み式電気刺激の研究は数年前から話題となっていたので、驚きは少なかったのですが、
気になるのは単純に電気刺激がある状態でなく、電気刺激を切ったとしてもその麻痺が改善していた。
というところです。

またこの動画よりも実際のニュースページの動画でも綺麗に歩行している様子をご覧いただけるので、
是非このBBCのニュースもこちらからご覧ください!

ここまでだとこの埋め込み式の電気装置なかなか良さそうな感じがしますよね!

それではこのニュースの基となった研究をご紹介いたします。

脊髄損傷者の歩行機能回復!?

研究のタイトルは

Targeted neurotechnology restores walking in humans with spinal cord injury
ー標的への神経技術で脊髄損傷者の歩行機能回復ー

直訳するとこういったところでしょうか。
neurotechnologyは神経技術・科学ですが、ここでは埋め込み式の電気装置のことを指します。

それではこの論文を簡単に説明したいと思います。

対象者

まずは対象者です。

今回の対象者は脊髄損傷になってから4年以上経っている、慢性期の脊髄損傷者3名です。
しかも驚くべき事に3名全てが頸髄損傷者です。

この手の技術は重症度の低い、腰椎・胸髄損傷者が対象になる事が多いのですが、
今回は3名とも頸髄損傷者。

おそらく、歩行の神経にとって重要なL1~S2までの神経が綺麗に残存している人を対象にしたのでしょう。

埋め込み式電気装置

そして凄いのがこの埋め込み式の電気装置なのです。
この装置は16個の小さな電極パットを脊髄神経に沿うように取り付け、
歩行動作に必要な股関節屈曲や足関節背屈など特定の動作を促すようにプログラミングされています。

そして、電極は腹部に埋め込まれた電気発生器に接続されています。

リハビリ内容

この埋め込み式電気装置を使ってどのようなリハビリをしたかという内容になります。
内容は主にトレッドミル歩行と床での歩行練習を2時間半、
週4~5回5ヶ月行うというプログラムです。
これはなかなかハード且つ密度の濃いリハビリになりますね。

結果

結果ですが、
リハビリ開始から数ヶ月後に被験者のうち2名は
電気装置を使いながら、重力下で自重の35%をサポートされた状態で自力歩行
もう一名は装置がオンの状態で歩行器を使いながら歩けるようになった。
そして装置をオフにした状態でも筋肉のコントロールができるようになった。

と記載されています。

なるほどと。装置をオフにした状態でも筋肉がコントロールできたと書いてあります。
ですが、被験者によって結果の違いがあり、
体重を軽くした状態でないと自力歩行ができないとなっています。

個人差があるので、被験者がどのようなレベルの方なのかが知りたくなりますよね。
そしてこの被験者のプロファイルをみてみると驚くべきことが・・・

完全損傷でも効果がある?〜実際の変化〜

これが今回の被験者プロファイルでリハビリをする前後比較の表ですが、
赤枠が重要なところです。
注意したいのは最初のASIAレベルですね。
ASIAの分類とは簡単に説明すると脊髄損傷者の重症度レベルの説明です。

A~Eの5段階に別れているのですが、Aが完全麻痺でEになるにつれ症状が軽く、機能が残存している状態になります。
分類麻痺度内容簡単な説明
A完全麻痺S4~S5の感覚・運動共になし麻痺部は全く動かないし、感じない
B不全麻痺S4~S5を含む受傷レベルより下位に感覚機能の残存麻痺部は動かないけど、感じることは出来る
C不全麻痺受傷レベルより下位の運動機能残存かつ筋力3未満麻痺部は少し動かせるけど歩けない
D不全麻痺受傷レベルより下位の運動機能残存かつ筋力3以上多くの場合立って生活できる
E正常感覚・運動共に正常
正常


ASIAの分類を簡単にまとめたものがこの表になります。
この表を参考にしてもらいたいのですが、
ASIA C,Dは下肢機能が多少残存しているレベルの不全損傷です。

そして今回の研究はそのC,Dレベルを対象にしています。

一番変化の大きかったのは被験者1であり、
左足のモータースコア(筋力)が0から動作を重力下で行える3のレベルまで回復していますので、
これは大きな変化があったと言えるものでしょう。

しかし一番状態の悪い被験者3を見てみると、下肢筋肉の収縮が多少出るものの(モータースコア1)、
実際にその筋収縮を動作に繋げられるレベルでは残念ながらありません。

また、被験者2においてはおそらく最初から少し歩くことが出来るレベルでしょう。
そしてこの3名とも不全損傷で2時間半のリハビリを5ヶ月ほぼ毎日行うのであればある程度の変化は必ず起きるはずです。

つまり、今回の研究は不全損傷に対してのものであり、
車椅子生活で悩んでいる多くの完全損傷の方では、

あまり変化が期待できない事になります。

まとめ

いかがでしたでしょうか?

今回のニュース、そして研究を簡単にまとめると

  • 装置を利用すれば多少足は動くが、体重を軽くした状態でしか歩行できない。
  • 更にこの研究は最初からある程度下肢機能が残っている人対象
  • その為、完全麻痺だと更に変化が期待できない

といった具合になります。

ニュースでは歩けるようになったと発表されているものが、蓋を開けてみると、
従来の脊髄損傷者へのリハビリの結果とあまり変わり映えしない状態でした。

最近よく耳にするようになったロボットスーツのHAL。
慢性期不完全損傷者に対してはこのHALでもある程度変化を起こせるができます。
今回ニュースの程度の変化であれば正直このHALでも同じような結果が出せると思います。

また我々ユニバーサルトレーニングセンターのトレーニングでも

受傷後10年経った脊髄損傷者であっても麻痺部の筋力が上がったり、
立位保持できるようになった方は多くいらっしゃいます。

もちろんこういった技術がどんどん開発されるのは素晴らしい事です。
近い将来、もっともっと実用的になり驚くべき変化をきっと起こしてくれる事でしょう。

しかし、大手メディアがこのようなタイトルでニュースを流すと
過剰に期待しすぎる原因になってしまいますよね。

革新的な技術も近いものになればきっと皆さんの元に届くはずです。

そしてその技術をすんなりと受け入れられるように
麻痺部を含めてしっかり身体を動かして、健康的な状態にしておくことが今できるベストな事でしょう。
最良の準備を尽くして身体を万全な状態にしておく事で、可能性はきっと大きく広がりますよ!